「西の正倉院みさと文学賞」古代史の謎とロマン百済王伝説

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みさと通信

『西の正倉院みさと文学賞』創設に寄せて


美郷町は、平成18年1月に3つの村(南郷村、西郷村、北郷村)が合併して誕生しました。
美郷町は、このたび古代と謎のロマン百済王伝説とその関連で建設された「西の正倉院」を物語資源とした『みさと文学賞』を創設致しました。地域再生の事業として位置づけられた、このような事業は、歴史に裏打ちされた風土色を抜きに語れません。
広辞苑によると、風土色とは、「風土の差異によって生ずるそれぞれの特色」とあります。今回の文学賞創設にかかわる風土的背景として、独断的に、この地域に根付いた2つの活動をご紹介させていただきます。

1つは、『さいごう文芸』『いだごろう』等の地元文芸誌の存在です。『さいごう文芸』は、旧西郷村で昭和55年2月に創刊されました。以来、季刊号(年4冊)として、毎号約100ページ、発行部数250部、美郷町に合併するまで25年間、100号を発刊。『いだごろう』は、旧南郷村で平成6年11月創刊、10号まで発刊しました。また旧北郷村は、『いにしえ』『寅やん物語』を発刊。また、合併してからは、旧3村の文芸活動の発展的解消によって『美郷文芸』になり、現在まで、47号を発刊致しております。

2つには、これらの地域文芸誌の活動の中で発掘された歌人・小野葉桜と藤田世津子の存在であります。
国民的歌人、若山牧水と親交のあった歌人・小野葉桜は「薄幸の歌人」と呼ばれました。本名、小野岩治。明治12年、旧西郷村花水流に生まれ、昭和17年、63歳で永眠。長年、埋もれていたこの歌人は、文芸誌の編集の中で、よみがえりました。地域の文化活動に携わる人たちが、葉桜自身がかなわなかった歌集出版の願いを実現させました。遺稿歌集のタイトルは、葉桜自身がつけた『悲しき矛盾』。昭和62年の発刊でした。
歌人・藤田世津子は、旧西郷村小原の出身で、第6回駿河梅花文学大賞の受賞者。歌集は、『反魂草』と教え子が編集した歌集『風とひかりのなかへ』の2冊があります。癌を患い、64歳でこの世を去りました。現在、小野葉桜と藤田世津子の二人の歌人については、美郷町において、それぞれ「葉桜短歌賞」と「藤田世津子賞」が設けられ、全国から短歌を募集するなど、顕彰活動が展開されております。

以上、このような土の香りのする郷土色豊かな地域文芸誌を目指した活動とそのことによって、よみがえった歌人の顕彰活動を通して地域文化の素地を創ってまいりました。
もちろん、文化的素地は、これらの活動によって集約されるものではありませんが、『西の正倉院みさと文学賞』は、これらの流れのなかで、生まれてきた文学賞であることは確かです。地元の人間としてはそう整理することに意味があると考え、この事業によって、新たな文化的土壌が構築されることを心から願っております。

皆様からのたくさんのご応募をお待ち申し上げます。



美郷町副町長 藤本茂


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